山頂で会いましょう

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二子山、海辺の散歩道(神奈川県)


2020年5月の低山ハイク4回シリーズ。後半の2回です。場所は同じく横浜から三浦半島にかけての低い山を巡ります。コロナウイルス騒動に乗じた東京近郊のハイキングシリーズも今回で最後になりそうです。「非常事態宣言」が解除されれば終わりにしたいと思っています。宣言中は外出自粛。仕事は原則テレワークでした。一日中家にいる。それが二ヶ月以上も。多くの人は精神的に参っていると思います。(特にアウトドア派の青山は)いくら毎週山に行ってストレス発散しても、耐えきれるものじゃない。外出自粛によってあらゆる弊害が発生しています。テレワークが如何に日本の社会に合わないか。それが分かっただけでもよい経験かもしれません。(文末に「【コラム】「テレワーク」に思う」あり)。

2020年5月24日日曜日
今回も三浦半島方面へ。昔登った「三浦アルプス」の一角。京浜急行で逗子・葉山駅。そこからバスに乗るなら「長柄交差点」バス停で降りましょう。今回青山は歩きました。森戸川に沿って住宅地を歩きます。林道に入り、ゲートを越えて進みます。登山道は沢に沿って続いています。左の尾根は二子山。右の尾根は「三浦アルプス」の主尾根。途中カメラを携えたバードウォッチグをしている大勢の人を見かけました。その先も登山道と言うよりハイキングコースです。ところどころに人がいて、ハイキングや川遊びを楽しんでいる様子。
その先で二子山方面との分岐。道は細くなりました。沢を渡ってその先、台風の影響でしょう。大木が倒れて、道をふさいでいました。倒れた木の上を乗り越えて先に進む。この際時間を要してしまいました。この辺りは道が悪い。転べば泥だらけになります。沢をさかのぼると案内板があって、「東逗子駅」の方向が示されていました。ここは正規の道です。その先は尾根に上がる急坂。倒木地帯を通過、急坂にはロープもありました。上り切ると、東逗子駅方面との分岐。左の尾根を進むと林道に出ます。林道に沿って緩やかな坂を上ると二子山山頂です。山頂には木製の展望台がありました。
北の方角は横浜、南側は先日登った「大楠山」が見渡せます。二子山はもう一つのピークが西にあります。藪の中の道が滑りそうな感じで、途中で引き返してしまいました。
下山は東逗子駅へ。尾根伝いを進みます。道が悪い。靴は泥だらけです。尾根上は登山道ですが、すぐ横は街です。駅近くになってやっと住宅街に出ました。
三浦半島の山々は、至って低山、直ぐ近くは住宅地ですが、なかなか奥が深い。歩き尽くしたい。いつかまた訪れる予定です。

2020年5月30日土曜日
今回の2020年5月「横浜・三浦」シリーズ最後は、山とはまったく関係ありません。むしろ海です。神奈川県横浜市金沢区の港の風景。その海に沿った辺りを「海辺の散歩道」と言うそうです。その海岸沿いを歩いてみました。
JR根岸線の新杉田駅から、横浜シーサイドラインに乗って産業振興センター駅で下車。長浜水路に沿って海に出たところからこの遊歩道が始まりますが、この辺りは防波堤工事のため立ち入り禁止です。(恐らく津波を警戒したものか?) 残念。車道に沿って南に向かいます。この辺りは工場地帯。人通りも少ない。南側の堤防領域だけが立ち入り可能です。そこには多くの釣り人がいました。堤防に並行して小高い堤があります。その松林がちょっとした遊歩道です。海を見ながら八景島方向に歩きます。反対側は横須賀港です。橋を渡って八景島公園へ。そこからまた横浜シーサイドラインに乗って金沢八景駅へ。シーサイドラインは運転手不在の自動運転です。

「非常事態宣言」が解除された現在。朝の通勤時間帯でも昔に比べて人の出は少な目です。ウイルス感染を恐れてのことか?いいえ、違うと思います。人々が家から出なくても生活できることを知ったのです。それは消費の低迷を意味します。それ以上に、そもそも勤め先の仕事がなくなった。あるいは会社自体がない。だから通勤したくてもできない。景気はどん底のようです。この後遺症から立ち直るには長い時間が必要でしょう。
この青山、少しでもこの状況を改善さらるために、これからもアウトドア、その他旅行などは続けてまいりたいと思います。コロナなんて恐れません。

2020年5月24日撮影
写真1 長柄交差点バス停 
写真2 林道ゲート      
写真3 登山道        
写真4 二子山分岐     
写真5 沢を渡る       
写真6 道をふさぐ倒木   
写真7 倒木と急登     
写真8 東逗子駅への分岐
写真9 二子山三角点   
写真10展望台       
写真11横浜方面      
写真12大楠山方面     
写真13二子山山頂     
2020年5月30日撮影
写真14立ち入り禁止区域 
写真15海辺の散歩道    
写真16堤防の道       
写真17東京湾を望む    
写真18八景島駅       
写真19シーサイドライン  

【コラム】「テレワーク」に思う
現在外出自粛を行っている人は、大変な苦労されていることでしょう。テレワークに伴う仕事のストレス、家族との人間関係によるストレス、家庭不和とそれが高じた家庭崩壊、家庭内暴力。心的ストレスに伴う身体の異常。原因不明の病気。これらはすべて自粛したことによる損害、報いなのです。一番大きいのは何といっても生活の不安。経済的打撃から来る会社倒産、失業、収入ゼロ。加えて子供の教育の問題。子供は学校に行けたからこそ嫌々ながらも勉強できたんです。それが将来役に立つ。(個々の知識は無用かもしれませんが) また友達と直に会うことによる人間形成。心の成長。それを奪われた。子供は勉強なんか大嫌い。自ら進んで勉強する子なんかいません。(親は子供に何も教えられないし) 逆に遊びは大好き。これが普通の子供です。遊ぶことによって学ぶのです。このように自粛による弊害は計り知れない。このまま「非常事態宣言」が解除されても、一度受けた衝撃は簡単には収まらないでしょう。倒産した会社が直ちに立ち上がれるわけもなく、この傷が癒えるまでには、長い長い年月が必要になるかもしれません。
さて、ここではその中から人々が嫌々ながらも実施したテレワーク、リモートワークについて青山個人の考えを述べさせていただきます。
外国と違って日本の社会はテレークなんて全く向かないと思います。それをしみじみ実感した次第。
もちろん各人の状況、家庭の事情、あるいは健康面での課題など、テレワークが必要な場合もあるでしょう。それは大いに活用すべきだと思います。人によっては在宅勤務の方が(通勤時間を省ける点など)経済的な場合もあります。多少作業効率に欠けるにしても、将来的に普及すると思われる多様な働き方に即しても、それはそれでメリットがあるでしょう。その際はテレワークを希望する各人が責任を持って環境を整える必要があります。また企業も必要最大限の努力によって社員を支援すべきです。場合によってテレワークは生産性という面ではマイナスかもしれません。しかしそれをテレワークしていない他の社員が補うのです。企業は助け合いの場ですから。
しかし基本は、会社に出て仕事を熟す。世の中には様々な人間がいます。一人一人顔が違うように、個人の事情、家庭環境、能力、専門、得意分野、そして性格や思想信条もみな違いいます。そうして全く異なる生活環境から、皆が会社という一つの場所に集まり、同じ作業服を着て、隣り合った席に座り、同じOA環境を使って、一つの経営目標のもと一致協力して事業を進めること。ひとたび会社に来たらそのルールに従う。これが会社です。
そもそも会社というものは労働者を守るために存在するのです。単なる営利を目的とするなら会社など要りません。すべて個人事業にすればいいのです。
ただし、現在のところテレワークが可能なのは、ごく一部の業種に限られます。特に接客業務は今のことろ無理だと思われます。会社勤めにしても、四畳半の狭い家に親子4人。お父さんは子供を肩車しながら畳の上のパソコンを叩く。そのすぐ横ではお母さんがおせんべを食べながらテレビを見ている。これが一昔前の日本の風景です。そんな中で会社と同じように仕事ができるか?ただ将来的には、今よりもっとIT環境が整い、テレワークが普及していくものと思います。今までは在宅勤務なんて嫌だと、テレワークを拒否していた人たちも、いずれその便利さに気付き、そして世の中の動向に抗しきれなくなって、自然と皆がテレワークを選択する。そうなっていくことでしょう。
しかし現在はまだそこまでは行っていません。特に日本には、独自の企業文化があります。みんなは当たり前のように会社に出てきて、そこで個々人の個性を抑え、他者との人間関係を築く、それによって仕事のモチベーションを上げていくのです。これは素晴らしいことだと思います。この文化を大切にしていきたい。従ってテレワーク環境が普及するまでにはまだまだ時間がかかりそうです。世の中はそんなに速くは進まないのです。
そしてもう一つ重要なこと。この外出自粛によって、家族との信頼も失われました。なぜか?家族は共に暮らします。子供は学校に出かけ、大人は仕事に出かける。そして再び家で会う。この再会を家族は心待ちにするでしょう。それが毎日朝から晩まで顔を見合わせていたら、どんなに愛し合っている仲でも憎しみが生まれるでしょう。人は例え家族でも自分のテリトリーの中に他人が入ることを嫌うです。人は会いたいときに会えない関係だからこそ、人を恋しく思うのです。
個人的には、何でもIT技術に頼る昨今の風潮に違和感を覚えます。リモートとか、バーチャルとか、オンラインという言葉も何だかある種のカルト宗教のようなイメージを思い浮かべます。科学を実践する者としては、ただ周囲の状況に追従するだけでは駄目です。何が真実で何が嘘なのか?常に客観的な立場で現実を見据えることが肝心。バーチャルではなくあくまでリアル。現実こそが全てなんだと。青山としては、人とのコミュニケーションも、信頼できる順から言うと、実際に会う→電話で話す→インターネットのメールなど。最後のインターネットが一番信用できない。いわば昔の感覚です。
今回の件(ウイルス騒ぎ)で、遅かれ早かれ世の中は変わるでしょう。が、この青山は今のところ生き方を変えるつもりはありません。生活も仕事も今まで通り。青山は世間の劇的な変化に付いて行けません。否,付いていきたくない。付いていく必要もない。このまま何も変わらなくてもいい。何も不都合はありません。改めて考えることもないし、新しく何かを始める気もない。新しい時代に何も期待しません。ただ今のこのろくでもない政治が一日も早く終わってくれることだけを望みます。

    
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